2021/05/08 03:42
モノの価値って、いろんな見方があると思うんですけどね。
例えば、世の中にまかり通っていて
わかりやすい、とされるものは
そのモノが現時点でいくらで売れるか、
というお金に置き換えた数値が出るものですよね。
レオナルドダヴィンチの直筆の絵、だとか。
銀座四丁目の土地、とか
誰もが知ってる本の初版本、とか。
けど、全くそういう考え方とは別の価値があって、
それが「思い出資産価値」なんじゃないかなーと思うのです。
えーと、ちょっとやな事いいますけど、
この世に生きている人は致死率百%なわけじゃないですか。
全員もれなく死ぬことになってて。
まあ高々200年くらい体を借りてここにいるわけで。
その間に「所有」するモノって一体何か、っていったら
それは全部「思い出」になる。
その人にとっての。
死ぬときは何にも持っていけないからね。
さっきふと、イギリスに留学してたときに買った
サテンにスカラップレースのテディのこと思い出してたんですよね。
テディって、キャミソールが下までつながったような下着のことで、
それ、イギリスの大手のスーパーマーケットの
マークス&スペンサーで買ったんですけど、
当時、私は学生なのでお金がなくて、
それが欲しくて、でも買えなくて。
でもまあそのテディがそれはそれは可愛かったんですよ。
多分30ポンドくらい、まあ感じとしてはいまでいう5〜6千円くらいだったんじゃないかなあ?
(当時は1ポンド200円くらいだったんで・・・)
サテンの地も、スカラップ(帆立貝のフチみたいな半円が繋がってるような線ね)の感じも
もうどストライクで。
ダメだ、買えないよ買えない。
学業にテディ必要ないし!
とかとか言いつつ、
でももうそのテディがどーしても頭から離れなくて、
ほぼ毎日売り場に見に行くくらい(笑)←勉強しろ
結果、買ったんです(小声)。
でも、そのテディ、毛羽立つまでずっと着てたし
(もったいなくてあんまり着なかったので長くもった)
いまでも思い出すくらいなので、
あれは、思い出資産価値としては最高の価値だったと思うのです。
だって今でもそのテディのこと思い出すだけで心踊るんだもの!
と、なんか宝石に関係ないことばっか書いてきましたけど。
何を言いたかったかと言いますと、
いまパトラジェムでは
オーダーではなく、販売できるジュエリーを作ろうと
七転八倒、試行錯誤しているわけなのです。
なぜ七転八倒なのかというと、
納得いくようなものになるまで、
その納得にミリ、いやもっと、ミクロン単位くらいでも妥協しないでいるからなんです。
ナチュラルな金属の肌感
いびつで優しいライン
石とのハーモニー
人の手で作った優しい感じ
だけど安っぽくなくて
ちゃんと日常にマッチして
人と服から浮かない
そういうものを作りたくて。
そのために
古代からある「モノ」たち、
建築や木工や仏像や土器や
レースや布や植物たちや
そこのエッセンスを得るために
画像や写真をあさり
時には現物を見にいき
そこに流れる
「根っこ」の部分は何か、ということをつかみ取ろうとして。
(根っこ、ってまあ、平たくいうと「人文」・・・
んー、人間がなんで人間なのか、みたいなことです)
そんなことをして
そしてそれだけ
時間や熱意や願いや祈りという
エネルギーをかけていることで
それが、そのオーナーとなる人と
きっとビビビと出会って
そのオーナーになる方にとって
生きている間そのジュエリーと一緒に過ごせることが
物凄い資産価値になるような。
そんなものを作りたい、と思っているから
めちゃめちゃ手間と時間がかかる。
石座のバランス
石座の高さ
石座のかたち
爪のかたち
爪の本数
腕の太さ
腕の丸み
腕の厚み
腕のテクスチャ
どれくらいのいびつさなのか
石座と腕の接合はどれくらいのなめらかさでつなぐのか
腕の太さを場所によって変えるのか、変えるならどれくらいの差なのか
ほんっとーにたくさん、要素があって。
それを作るひとに伝えるのにあまりに時間がかかるし
時には同じ国のひととは思えないくらい伝わらないこともあるから、
作家さんに中に入ってもらって通訳してもらったり
作る人機嫌悪くなって怒られることもあるし
時にはこっちの審美眼をなじられることすらあったり
(きっちりとした作りが宝飾の世界では史上とされているから、
私のやりたい事は「汚い仕上げ」と言われたりすることもあった)
その度に違う人を探したり
なんかもう途中で放り投げたくもなったりするわけです。
しかも、それだけこだわって作っても
見た目はシンプルなものだから
この世の中にたーくさんあるジュエリーとの違いが、お客様に本当に伝わるかもわからない。
そこは、なんというか、賭けみたいな気持ちだったり。
いろいろ複雑な期間を過ごしているわけです。
(先日ベイスの更新に間があいたのはこういうもろもろでした)
でもやっぱり、作りたい。
そして、それを手にして幸せだと思うであろう人のもとに届けたいのです。
その人の人生にとっての最高の「思い出資産」となるように。
あー、やっと書けた。
そんなことを、パトラは今、やっておりますのです、よ。
